小型スピーカーKOI高音質│インターヴォイス

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Tiger

KOI Tiger
KOIの小型スピーカーは手の平に収まるほどの超小型高音質スピーカーです。手の平に100kg級の大型スピーカーを乗せたマジックのような音。伝統的な大型高級機種からKOI小型スピーカーへの乗換えのファンが続出です。

2010年07月26日

TVにアナログ出力端子が無い!

ちょっと前なら液晶TVにアナログの音声出力端子が付いていて、そこから単純にオーディオのアナログ 音声入力に接続すれば、TVの情けない音もちゃんとしたスピーカーでまともな音で聴けたはず。

しかし、今、ほとんどの液晶TVにアナログ音声出力端子が無くなっちゃった。デジタル出力しかない! しかもデジタル音声入力が出来る一般のオーディオは悲しい音しか出せないミニコンポの様なものばかりじゃないですか。

でも、世の中広いんですね。もしかしたら「これ使えるかも」と思われるものを発見したのです。

それには「デジタルオーディオ信号をアナログオーディオに変換」って書いてあるではないですか。それも大袈裟な装置ではなく、手のひらに納まってしまう程小さいんです。

液晶TVにS/PDIF(TOSLINKオプティカル)またはS/PDIF(コアキシャル)デジタル出力端子があれば(ほとんどのTVには付いているとの話し)TVとオーディオの間に「この物」を接続すれば、TVの音が素晴らしい音でオーデイオスピーカーから聴こえてくる、はずではないでしょうか!

「この物」とは「GTV-DIGAUD-2-AAUD」という名前です。メーカーはGefen、カリフォルニア出身です。日本ではヒビノインターサウンドから発売しているようです。 まだ試してはいないけど興味津々なんです。

このデジタル時代に頑なにアナログにこだわっているKOIにこれを使えば、デジタル一辺倒の液晶TVの音をKOIのサウンドで何倍も楽しめるかもしれないんですよ。

ご興味のある方がいたらWEBで調べてみたり、ヒビノインターサウンドに尋ねてみてはいかが。

(2010.7.26. y.s.)

2010年06月09日

iPodにいい音をプレイさせるには

大分前から小さい小さい iPod ShuffleにCDの音を取り込んで使っているのだけれど、これが小さいのになかなかいい音がする。と言ってもポータブルプレーヤーにしちゃ頑張るじゃん、位に思っていた。
大概iPodのようなポータブルプレーヤーは、音楽などの情報を圧縮してコンパクトにしてしまってる。だから、web音楽配信のダウンロードは言うに及ばず、CDを取り込んでもやはり圧縮された音になってしまうのはしょうがない、と思っていた。


ところが、インターネットでiPodの音をより良くする方法を見つけてしまった。


そう、iTuneにはCDの情報を圧縮せずに取り込む設定があったんだ。この方法は秘密でもなんでもなく、大抵のiPod使用者の方々は知っていることだとは思うけど、実際にやってみた僕には衝撃的な出来事だった。

iPodにいい音をプレイさせるには:

CDをiTunesに取り込む前に

1.iTunes画面上方タスクバーの「編集」から「設定」をクリック
2.「一般」の中の「CDをセットしたときの動作」をクリック
3.「インポート設定」の中の「インポート方法」の「WAVエンコーダ」を選びクリック
4.直ぐ下の「オーディオCDの読み込み時にエラー訂正を使用する」にチェックを入れ、OKをクリックする

これでCDを読み込むときには圧縮無しのWAVファイルで音楽がiTunesに記録され、iPodにCDと同じ音楽情報が移すことが出来る。


ただし、情報量が多いので、読み込み時間がかかるし、iPodに入れられる曲数はかなり少なくなってしまった。まぁいい音で聴きたいのなら仕方ない事と納得。

試しに、圧縮無しの音楽が入っているはずのiPodをKOI Tigerに接続して音を出してみた。
そしたら、目から白濁した鱗が何枚も落ちてどこかに飛んでいきました。

(2010.6.7 y.s.)

2010年03月16日

伝える

ある青年との会話

「なんで色んな事を言えるの?」と彼が意味の分からない事を言い始めた。どうも自分の言いたい事を話すことが難しい、と言っているようだった。


「オレもいろんなこと言いたいんだけど、頭の中でモヤモヤしているだけでどう言ったらいいか分からないんだよ」

注意をしていると、確かに彼の話しには決められたような言葉しか使われていない様だった。彼は白人と東洋人のハーフで、父親はアメリカ人で母親は日本人だった。彼が小さい時に両親は離婚をして、母親に育てられた。


小学校の低学年にインターナショナルスクールから、学費がかなりかかる事で日本の小学校に転入したが、勉強がついていけなくなり、そのまま義務教育を終えてしまった。インターナショナルスクールでは英語を中途半端にし、その後は日本語も中途半端にしてしまったので、語彙が極端に少なく、少し複雑になると自分の思いを英語でも日本語でも言葉に出来なくなってしまった様なのだ。


「いつもモヤモヤしてるんだけど、暴走族にいた頃は、誰かに命令されていたので楽で、頭もすっきりしていたんだ。自分で考えたり、話したりする事なんかいらなかったからね」

「モヤモヤしてるものが言えなかったらどうするの?」

「どうしようもなくなって、キレルね!」

人は自分の思いや考えを頭の中で言葉に置き換えて整理し、考えを進めたり、話しや文字にして伝える。
その言葉がなかったら、少なかったら、伝える事ができない。唖然としてしまった。普段は考えもしなかったことだった。

でも、似たような事は大概の人が多かれ少なかれ経験した事があるのではないでしょうか?的確な表現をして伝えることは難しい事です。

(2010.3.16. y.s.)

2010年02月07日

凄い話

老人はだいぶ離れて立っていた。眼をつむって、フンワリ浮いている様に音を聴いていた。

しばらくして、ゆっくりとスピーカーの近くに歩き寄り、じっとサテライトスピーカーを見て、「これは革命ですね」とはっきりした声で言った。

「こんな世界があるなんて知りませんでした。本当にこれは音響の革命ですね。」

若い頃は、公共放送局で長年ラジオなどの音の仕事をされていて、趣味でスピーカーやアンプなどを作られていた老人は懐かしそうに昔のスピーカーの話しをされ、改めて真顔でおっしゃった。

「でも、このスピーカーの本当の凄さが解るのは一握りの人達でしょうね。ありがとう」とゆっくりと歩いていかれた。

何か凄い話を聞いた様な気持ちになった。

(2010.2.7 y.s.)

2010年01月06日

ラテン大好き

小さい頃からラテン音楽が好きだった私は、トリオ・ロス・パンチョスの大ファンだった。

一方で、ウクレレにも興味を持ち、牧伸二のタフワフワイ「あ~ぁやんなっちゃった♪」だったり、「マラゲ-ニャ~♪」「ベッサメ~ベッサメム~チョ♪」だったり、見境のないガキだった。

トリオ・ロス・パンチョス は初代から何度もメンバーを入れ替え、メキシコ人だけでなく、プエリトリコ人もメンバーにいた。
その中でも特に人気の高かった3代目のトップボイスとして活躍したフリート・ロドリゲスは素晴らしい声とテクニックの持ち主で、私の「マラゲーニャ~♪」より10倍息が続く。

トリオ・ロス・パンチョス

メキシコと云えば、私の住んでいる御宿町とメキシコのアカプルコが姉妹都市になっていて、何やら、とても深い関係がある。

今から400年前(江戸時代の初期)当時どちらもスペイン領だったフィリピンからメキシコに向かったサンフランシスコ号(船長ドン・ロドリコ)が航海中、嵐に遭遇、御宿の海岸に座礁した。
御宿の村人達は総出で救助にあたり、300人を越す乗組員を救い上げた。


遭難現場

鎖国前の出来ごとで、異邦人は処刑されるところだったが、時の将軍、徳川家康は器がでかい。処刑どころか彼らを歓迎し、さらに新造船を与え、乗組員達は無事にメキシコに帰ることが出来たとか。

その縁で建てられた記念塔があり、昭和53年にはメキシコ大統領も御宿を訪れ、御宿町とアカプルコが姉妹都市を結ぶきっかけにもなった。


救助記念の塔

作年の9月には皇太子さまが御宿町で開かれた「日本とメキシコ交流400周年記念式典」に出席された。

アカプルコと云えば、・・・エルビス・プレスリーを思い出す・・・・・・・・・・次回。

(2010.1.6 j.i.)

2009年12月22日

12年振りの忘年会

昨日、以前勤めていたミズノの忘年会に呼んでもらった。12年前に辞めてから久しぶりの忘年会である。

スポーツ業界もご多聞にもれず厳しい商戦だという。やはりデフレスパイラルが調子を狂わせているんだなあと思う。


入社3年目の女の子と話した。彼女は聞くとジャイアンツの篠塚コーチの娘さんとのこと。実は15~16年前自分の家の近くの中華屋さんで家族で食事をする篠塚さんをよく見かけたもので、その頃小学生だった娘さんをしっかりと覚えている。その少女がいまや立派なOLで目の前にいる。


感慨深くいい酒を飲ませてもらった。

皆の顔を見ていると元気がでてきた。

帰り道、いつもより足取りが軽かった。

(2009.12.22 s.o.)

2009年12月21日

ギターのオーケストラ

アランフェス協奏曲をオケと演じるイエペスが有名だが、オケにはギターパートがない為一般の方がクラシックギターを聴く機会はそう多くはないと思われる。


私の年末の恒例になっている秘かな楽しみは早稲田大学のギタークラブが演じる約30名の壮大なギター合奏、第一ギターから第四ギターまで各パート7~8名が演じるギターのオーケストラです。

1年間積み上げて練習してきた成果が思う存分に発揮され、指揮者の元、素晴らしい旋律を奏でてくれる。音の粒が舞い上がり、まさに音に包まれる至高の時空間を味わえる。毎年12月下旬に行われるこのコンサート、足を運んでみられては如何かな?

なんと無料です。場所は京浜東北線、川口駅まん前のリリアホール、12月25日(金)18時開場、18時半開演です。

(2009.12.21 s.o.)

2009年12月16日

魚河岸のロッキー

不思議な人がいる。私が困っている時に現れては助けてくれるんだ。

Cさん~16年前両国に魚河岸のロッキーと呼ばれたボクサーがいた。

数々の伝説を残してボクシング界を引退、引退後は世界ミドル級チャンピオン竹原慎二さん、世界修斗ミドル級チャンピオン桜井マッハ速人さん、世界DEEPミドル級チャンピオン長南享さん、柔道家吉田秀彦さん等を指導し、格闘技界では誰もが知る存在なんだ。

そういえば立石にある宮田ジムに連れて行ってくれたのも彼だった。宮田会長は気さくな人で、当時日本スーパーフライ級チャンピオンの松倉選手を売り出していた。KO率80%を超えるハードパンチャーだった。残念ながら世界は獲れなかったが後輩の内藤選手がしっかりと世界を獲ってくれた。(亀田選手に負けちゃったけど・・涙)Cさんの人柄が宮田会長にも内藤選手にも通じているんだなあと思う。

その彼と約3年音信が途絶えていた。たまたま先日車を運転していて、六本木トンネルを抜けた所でCさんを見かけた。スピードを出していたので声をかけれなかったんだが、間違いなくCさんだった。よかった!元気そうだ。ちょっと心の中では、以前喧嘩で一般人を殴ってしょっぴかれたのを聞いていたから心配をしていたんだ。相変わらずの軽いフットワークで歩いている姿をみて、また私の目の前にフッと現れてくれるような気がしてきた。
六本木トンネル
年末のDynamite!で、石井慧選手と対戦する吉田秀彦選手を教えている姿が目に浮かぶ。きっと大晦日に会えるんだろうなあ。そんなことを考えていたら、ちょっと嬉しくなった。

(2009.12.16 s.o.)

2009年12月15日

忘年会「いい音とJAZZ」報告篇

12時集合とのことで、ワインとビールを下げてお邪魔しました。

目の前で茹で上がったツルッとして、しかも腰のあるお蕎麦をご馳走になりました。蒸籠なら3~4人前はペロッといってしまいそう。もちろん蕎麦湯もトロッとしてこれまた格別でした。

さらに、こだわって煎られた番茶に山形のふっくら丸い干し柿、まずは食を楽しませて頂きました。

他のお客様方は2時過ぎ頃との事で、いよいよTIGERを取り出しセッティングを始めるが一級建築士さんの事務所なので、所狭しと関連雑誌が山積みで机の表面が見当たらない、棚にはJAZZレコードが数千枚保管され、サテライトスピーカーをどこに置くか思案。無造作な考えでしたが高さも雑誌で調節できるし雑誌の上に置いちゃえ・・・サブウーファーはコピー機の隣と、さてTIGERのアンプとレコードプレーヤー(DENON-DP-3000・MCカートリッジDENON-DL-103)との接続です。

いい音とJAZZ

レコードで聴くJAZZは何とも言えない、針音が、僅かなノイズが、昔通ったJAZZ喫茶を思い起こさせる。モノラル録音が山ほど有って今日一日が楽しみだ。

さぁ、いい音も食事も準備万端整いました。何時お客様がいらっしゃっても大丈夫。

と言ってる間にまずはシンガーソングライター・JAZZピアノを始めた女性が水戸からいい音を聴きに来られた。いやご馳走になりにかも・・・・

その後もアコーディオン奏者、フリーカメラマン、建築会社の部長さん、作曲家、笛奏者、そのお弟子さんと次から次へと皆様こだわりの差し入れをお持ちになり、いい音を聴きながらカフェタイムからバータイムへなだれ込んでいきました。

ご招待して下さったKさん人脈の広さに驚かされる。

さて、問題の音についての皆さんの感想は、誰もがスピーカーが何処にあるのか探して「もしかしてコレー、こんなに小さいのォー」から始まり音のバランス、明瞭さ、ナチュラルさに驚き声を上げていました。

皆様方からのメールの一節を・・・

*いい音って、人生に不可欠です。金曜の夜は、まったく知らない方々の輪に突然お邪魔し、場を濁してしまったかと思いますが、私自身は、とてもおいしい食事とお酒と会話を楽しめました。
それは、いいスピーカーと、いい音楽があったからですね。
音楽が立体的に世界を作ってくれるので、その登場人物になれた時が最高に幸せです。(t.s)

*一昨日はすっごいNATURALでいい音のスピーカーを聴かせてもらいましてサイコーでした。雨の中でかけて行ってほんとよかったです!!
一緒に伺ったもう一人のさほど音楽ファンでもないし、ましてやスピーカの音質のよしあしになんて興味がないかたですが、そんなかたがKOIを聴いて「へえ~、なんかわかんないけどいい音~~!」と嬉しそうにいうんですから、コリャすごい!と思いました。(h.n)

*お二人のKoi話が、とても音楽に対する愛情に溢れ、楽しく興味深く聞けました。いつものあの会をより贅沢にして頂いたと思います(^-^)(m.m)

*おカネに余裕があればぜひワンセットほしいところですが・・・・現在購買力不足です(苦笑)。(n.h)

近いうちに第二弾を開催する約束し、後ろ髪を引かれながら23時過ぎに解散となりました。
外は雨上がりの冷たい風もなんだか清々しく感じられ充実した一日でした。
皆様、素敵な方々。楽しいお話とこだわりのお食事、飲み物をありがとうございました。

(2009/12/15 t.u.)

Rocket Dive

昨日、インターネットにhideさんの13回忌の事が出ていた。1998年5月2日に遥か宇宙に飛び立っていった彼は私の大好きなアーティストだった。

今から12年前、スポーツのミズノにいた私はミズノの転換期であったCMに絶対hideさんの曲が使いたかった。その当時X-JAPANが解散してソロとしてスタートをきったhideさんがどんな曲を創るのかワクワクしてもいた。

CM曲を心良く引き受けてくれたhideさんがあげてきてくださったRocket Dive、聴いたとたんに鳥肌が立った。

常々“ボーカルも楽器なんだ、日本語だって英語よりかっこ良く曲にのせられる”と言ってはばからなかった彼の言う通り、そこには洋楽なんかより全然かっこいいRocket Diveがあった。

そして忘れもしない1997年12月13日、いきつけの西麻布のバーRallyで飲んでいるとhideさんが来た。たまたま夜風にあたりに外に出た時にhideさんが煙草をすっていて“hideさんいい曲ありがとうございました”と言ったらはにかんで笑ってくれた。

実は氷室京介さんにも頼んでいたんだけどって隠していた事を話すと、“ヒムロックより全然かっこいいぜ!”ってまた笑い飛ばしてくれた。

それから約半年後、彼はいってしまった。この世界では収まりがつかなかったんだきっと!と感じた。

その彼の誕生日が12/13、その彼の後輩ギタリストASAKIさんが今KOIを使って曲創りをしてくれている。きっと宇宙でhideさんもKOIを聴いている事だろう。そのASAKIさんの誕生日も12/13、何か因縁を感じる。

(2009.12.15 s.o.)

ライブに行きたい

以前はいろんなライブ コンサートに行ったけど、最近はほとんど行かなくなってしまった。好みはロックミュージックなので、身体や脳ミソを震わせるようなロックのライブを聴きたいと思っているんだけど、どっかにありませんか?

巷で洩れ聴こえてくる音楽には食指が全く動かず、70年代半ば以降音楽は(特にロックですが)つまらなくなったなんて、ブツブツ文句を言ってばかりいます。昔はよかったなんて言うつもりはなかったけれど、でも….。

二、三日キーンと耳鳴りを残してくれたJeff Beck、とんでもない滅茶苦茶なステージだったMountain、明らかに泥酔していた Clapton(初来日)、楽しませてくれたRoxy Music、レコードからは想像出来ないほど凄かったTangerine Dream、ワァーオJack Bruce、Pink Floydの演奏に飲み込まれてしまった冬の東京都体育館…限がない。

やっぱり昔はよかった!?でも、探せば今でもどこかにあるんでしょうか?

(2009.12.15 y.s.)

2009年12月14日

月の砂漠

御宿に住まいを構えて4カ月、片道、1時間30分の通勤時間を除いて,ネガの材料はまだ見つからない。


空気良し、星が多く見え、魚は新鮮で旨く、音量(勿論KOI Tigerのスピーカー、笑)を気にせずおもいきり出し、ご近所から自給の干物、野菜を頂き、月の砂漠を散歩すれば・・・ストレスってなんだっけ・・・・

御宿の街灯には三日月とラクダに乗る男女の姿、何故って、この町が「月の砂漠」の故郷・・・

月の砂漠1


月の砂漠は、大正から昭和初期に、叙情画家として、また詩人として活躍した加藤まさをの作品で、御宿の砂浜の光景に発想を得て作ったとか。

御宿海岸の一角に、月の砂漠記念館が建ち、砂漠を行く王子様と御姫様が、太平洋の彼方を見つめている。

月の砂漠2


この月の砂漠に関して、ある中国残留孤児と、その夫となった中国人男性の悲しい記事を思い出す。

孤児となった女性は、日本人であることを隠し、中国人として育てられ、やがて結婚する。夫にも日本人であることを隠していたが、やがて夫にだけは打ち明け、夫婦だけの秘密として、文化大革命などの厳しい時代を、共に生きぬいた。

その女性が、日本人であることを忘れまいと、こっそり口ずさみ続けた歌が月の砂漠

やがて、解放の時代になり、山口百恵の「赤い疑惑」の中で、その歌が流れた時、思わず涙しながら月の砂漠を歌い始め、驚く子供たちにも自分が日本人であることを初めて告げた。


子供たちの努力もあって、残留日本人と認められ、家族ともども日本に帰国したものの、夫だけは日本になじめず中国に帰国。

その後、妻は脳出血で倒れ、夫は妻の看病のため再来日したが、言葉と法の壁に阻まれ、日本に残ることが出来なかった。

現在、70歳を越えた夫は、ウルムチ郊外の家で、御宿町から贈られたラクダの人形を手に,呟いた。
「妻が私を忘れてしまう前にもう一度会いたい。私には、もう時間がないのです」

この「月の砂漠」は,7時、12時,17時に御宿の町中、時報変わりに流れている。

(2009.12.14 j.i.)

“そのあくる日”

cielo

私の今はまっている曲にキューバの作曲家レイ・ゲーラの“そのあくる日”というものがあります。この曲はクラシックギタリス大萩康司さんにレイ・ゲーラが捧げた曲です。

前半のスローな出だしから始まり、中程からアップテンポになって最後はまた静かにリタルダントして、切れのいいレガートで終わります。

私のイメージでは、自分が死んだ次の日に世界は普通に動いているのだけれど、自分の魂が生まれた時から死ぬまでを表現している様に思えます。

家で心がすさんでいる時に弾くとなぜか心が落ち着きます。

皆さんも機会があったらCD(上のアルバム「Cielo」の1曲目)を聴いてみてください。

(2009.12.14 s.o.)

2009年12月10日

忘年会「いい音とJAZZ」

明日は、レコードでJAZZを聴くと称して、カフェタイム、バータイムと二部に分けて約30人程が集まる忘年会。

ECO関連のセミナーで知り合った方のご招待を受けまして、好きなJAZZを聴いて、じゃんじゃん呑んで、いい時間を過ごすつもりです。

昼には美味しい手作りのお蕎麦をご馳走して頂けるし、バータイムにはこれまた濁り酒を用意しているとのお話。

ということで、皆さんにJAZZをレコードプレーヤーとTigerを繋いで聴いて貰いましょう。

雨が心配ですが、部屋の中は熱気ムンムンでしょう。

小さなダンボールに入った「Tiger」をガラガラと引っ張って行ってきまぁ~す。

当日の模様は後日、乞うご期待。

(2009.12.10 t.u.)

2009年12月09日

KOIの知名度

最近、色々な所でKOIを知ってるとかKOIのスピーカーは凄い、友人が持ってるよ、この前買ったよ、なんて聞くことが多くなった。地道に音を聴いてもらうプロモーションをしてきた成果が出てきたと思うと嬉しくなる。

(2009.12.09 y.s.)

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