『進化考古学の大冒険』(松木武彦著、新潮選書)という本がある。
生物は遺伝子の複製を繰り返過程で変化する。この複製過程での変化が進化と呼ばれているが、人間が作る物も複製の過程で進化する。この本では、人間の進化の歴史とその歴史の過程で獲得した人間の性質、そしてそのような獲得された性質と環境変化の中で人間が作り出す物や事の変化が認知心理学の助けも得てスリリングに展開されている。
人間の祖先は、チンパンジーの祖先から別れた約700万年前から約20万年前まで、肉食動物の食べ残しの骨を拾い、それを割って栄養価の高い髄を食べるという生活を続け、それによって脳を発達させたのだという。礫石器とか握斧がその時代の人類の道具だった。
約20万年前から約1万年前の農耕の始まりまでが狩猟採取中心の時代だった。
このような進化の歴史の中で美、神、戦争、巨大建造物、国家、普遍宗教、文字、官僚制などがこれまでの教科書とは異なった視点から語られている。
とくに印象深いのは文字のことを「脳外の脳」という表現で語られた部分だ。人間は表象を操る動物だが、音響や画像のような当時他者への伝達が困難であったイメージ表象に対し、命題表象と呼ばれる言語を保存伝達できる文字の獲得は人類史において画期的な出来事だった。 文字の獲得によって、一人の脳の中の命題表象が脳の外に保存でき、多くの人々と共有できることとなった。
そこで成文法というものが成立することになり、官僚制度も機能させることができ、国家が生まれることが可能となった。国家、民族を超えた普遍宗教も文字を用いた教典に負うところが多いだろう。
長々と書いてきたが、言いたいことは現代の文字の置かれた状況だ。活字離れと言われるが、それは文字離れとイコールではない。 このサイトもそうだがWEB上には文字が溢れている。もちろん文字(言語や文字などは命題表象と呼ばれている)だけでなく音声や画像(これらはイメージ表象と呼ばれる)が時間と空間を超えて凄まじい量と速度で交換されている。
文字の誕生が、人類史の中で新石器革命、農業革命と同時期に並ぶ脳の外部化というもう一つの革命であるとするなら、現在の情報革命は脳の外部化を命題表象だけでなくイメージ表象にまで拡大し、時空を超えさせたよりスケールの大きな革命となる。 この革命には、かつての農業革命以上の生産革命が同期していることはいうまでもないが、政治、倫理、人格といったものの中でも大きな革命が進行しているのではないだろうか。
三十年余り前、企業の広報的な活動に関連して、企業が法人として全人格性を持って社会とコミュニケートする必要があると提案したことがあったが、その後企業はあらゆるステークホルダーへの意識を要求され、CSRやコンプライアンスも必須の課題とされることとなった。
そのCSRもコンプライアンスも、不況の中でその火が吹き消されそうに見えるが、企業自身の関心に関わらず、企業の全人格性は企業の外部化された脳(それも現代的に大容量高速化した姿に変身した)を通じて評価を下されているのではないだろうか。
この企業の外部化された脳とは何か?それは企業のWEBサイトや携帯電話。知らない会社のことを知りたいと思ったときに、まずネットで検索してみるという行動や時と場所を選ばず連絡を取り合うという行動、20年前にはなかった行動が企業社会、政治、個人の人格に革命を引き起こしつつあるような気がしてならない。もちろんKOI にとっても他人事ではない。
(2010.3.8.h.k.)



