KOI,Inc.山本修士社長によれば、KOIという社名は山本社長の誕生日が5月5日であることから鯉幟の鯉、そしてKing Of Industryの頭文字でもあるという。
〔koi〕という読みは、日本語では「恋」「来い」「故意」「濃い」「乞い」などが挙げられるが、もう24、5年も前そのうちの「恋」と「乞い」を用いた公開セミナー【愛の人間学――「恋う」と「乞う」の世界】を企画したことがあった。
「愛の人間学」に「恋」は判るが「乞食」の「乞」には違和感を感じる向きもあるだろう。しかしこの企画は〔kou〕という読みが同じだから「乞う」も並べてみたというわけではない。むしろ「乞う」が重点であった。
「乞う」を単独で言葉にすると、乞食を連想するネガティブな印象を持たれるようだが、教えを乞う、許しを乞う、協力を乞う、執筆を乞う、案内を乞う、などなど非常に日常的な人間関係に欠かせない行為である。
この「乞う」を「恋う」との対比のうえで広い学問分野から積極的な意味を探ってみようというのがセミナーの趣旨であった。
このセミナーの内容は、水上勉さんの執筆や当時早稲田大学の大学院生だった佐藤富雄さんが担当してくださったアンケート調査の結果も含めて『乞う。』というストレートなタイトルで1988年にポーラ文化研究所から発行されている。
詳細には立ち入らないが、「乞う」は人間の文化の中に埋め込まれた、あるいは本能にまで埋め込まれているのではないかという根源的な関係ではないかと思われる。
「乞う」側が得て、「乞われる」側が失うというような非対称な関係ではなく、乳を乞う乳児、抱っこを乞う幼児に応える母親は子の喜びを喜ぶのであり、奪われるのではない。双方に喜びをもたらす働きかけであり愛の関係である。
アンケートでは様々な場面で乞うことの多い者ほど社会的な活動性が高いという結果が現れており、現代においても「乞う」関係の重要性は薄れてはいないことがわかる。
私たちもKOIのプロモーションを通じて様々な乞う行為を日々実行している。面会を乞い、ご試聴を乞い、様々なご協力を乞うこと、そしてそのありがたい多くのご協力によってKOIの現在もある。
願わくば、私たちのこの「乞う」行為が願われる皆様にとってご迷惑ではなく、「乞い」の本来の喜びに満ちた関係であってほしい。日々関係者皆様にとってご迷惑ではなく喜びにつながる自分でありたいと、やはり乞い願う次第である。
(2010.2.5. h.k.)



