御宿に住まいを構えて4カ月、片道、1時間30分の通勤時間を除いて,ネガの材料はまだ見つからない。
空気良し、星が多く見え、魚は新鮮で旨く、音量(勿論KOI Tigerのスピーカー、笑)を気にせずおもいきり出し、ご近所から自給の干物、野菜を頂き、月の砂漠を散歩すれば・・・ストレスってなんだっけ・・・・
御宿の街灯には三日月とラクダに乗る男女の姿、何故って、この町が「月の砂漠」の故郷・・・
月の砂漠は、大正から昭和初期に、叙情画家として、また詩人として活躍した加藤まさをの作品で、御宿の砂浜の光景に発想を得て作ったとか。
御宿海岸の一角に、月の砂漠記念館が建ち、砂漠を行く王子様と御姫様が、太平洋の彼方を見つめている。
この月の砂漠に関して、ある中国残留孤児と、その夫となった中国人男性の悲しい記事を思い出す。
孤児となった女性は、日本人であることを隠し、中国人として育てられ、やがて結婚する。夫にも日本人であることを隠していたが、やがて夫にだけは打ち明け、夫婦だけの秘密として、文化大革命などの厳しい時代を、共に生きぬいた。
その女性が、日本人であることを忘れまいと、こっそり口ずさみ続けた歌が月の砂漠。
やがて、解放の時代になり、山口百恵の「赤い疑惑」の中で、その歌が流れた時、思わず涙しながら月の砂漠を歌い始め、驚く子供たちにも自分が日本人であることを初めて告げた。
子供たちの努力もあって、残留日本人と認められ、家族ともども日本に帰国したものの、夫だけは日本になじめず中国に帰国。
その後、妻は脳出血で倒れ、夫は妻の看病のため再来日したが、言葉と法の壁に阻まれ、日本に残ることが出来なかった。
現在、70歳を越えた夫は、ウルムチ郊外の家で、御宿町から贈られたラクダの人形を手に,呟いた。
「妻が私を忘れてしまう前にもう一度会いたい。私には、もう時間がないのです」
この「月の砂漠」は,7時、12時,17時に御宿の町中、時報変わりに流れている。
(2009.12.14 j.i.)



